きゅうりの話

家庭園芸救急箱

キュウリが日本へ伝えられたのは10世紀以前のことで、それは華南型キュウリであったようです。

平安時代の書物『本草和名』(918年)に「胡瓜」とともに日本での呼び名「加良宇利(からうり)」の記述がみられます。

また、『倭名類聚鈔』(935年頃)には「曾波宇利」という別な呼び名の記録があります。

華南型キュウリ

それから江戸時代まで、キュウリの栽培がどうなっていたのかは不明ですが、江戸時代前期の農学者・宮崎安貞が1697年に著した『農業全書』には次のように書いてあります。

「黄瓜又の名は胡瓜、是下品の瓜にて賞翫ならずといへども、諸瓜に先立ちて早く出来るゆへ、いなかに多く作る物なり。都にはまれなり」

キュウリは瓜の中でも下等であえて食べるものでもないが、早くできるので田舎で多く作っているが都ではあまり作られていない、とのことで、京や江戸といった都市より地方で栽培されていたこと、野菜としては不人気であったことなどがうかがえます。

ちなみに当時の上等な瓜とはマクワウリ(メロンの一変種)のことと思われます。

不人気なきゅうり